鍼灸院のブログ

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体罰

先週末は、消防関係の救急講習に参加しました。
恥ずかしながら、AEDを使ったのは初めてなんですね。
(心肺蘇生法は以前に教わっていたのですが)
AEDは慌てさえしなければ、音声案内に従って簡単に操作できます。
問題はAEDがどこにあるかを知っているかという所ですね。
警察署、ショッピングセンター、ホテルなど。
勝負は6〜7分です。
脳神経外科の先生から伺って覚えているのは、
「脳への酸素供給が途絶えるのは3分。逆に言えば3分あるから、過度に慌てる必要もない」という言葉です。
呼吸がなかったら、ひたすら心臓を圧迫です。心臓は大まかにいえば、両方の乳首を結んだ真ん中位ですかね。

さて、最近体罰についての報道があちらこちらで行われています。
今まで暗黙の了解の中進められていたのが、今回の一軒で光を浴びて画期的なことだと思います。

個人的には体罰というか肉体的な指導というのは、冷静に考えてやるというよりは、衝動的に行ってしまうものだと思います。言葉より先に手が出るという奴です。だから、言葉が先に出る人はおそらく体罰をすることはないでしょう。

昔から、体罰は必要なものだとなんとなく言われてきたり、先輩から後輩へ受け継がれるなどの体育会的な要素で続いてきたものだと思います。もちろん意義のあるものもあるかもしれませんが、体罰という名目を利用して、自分の欲求を果たすためにやっている場合もあるように思います。

言葉で人を説得するのは時間もかかり大変なことなので、一発殴った方が早いという要素もありそうです。子供のしつけで使われたりするのはこういうことだと思います。ただこれも悪く利用されて、児童虐待に走るということもありそうです。

体罰に利はあるともいえますが、体罰以外の方法でそれが代わりにならないかというと、そんなことはないと思います。それよりも、上記のように”体罰”という言葉を利用して、暴力が正当化されることが良くないのだと思います。

根本的に暴力が世の中からなくなることはないと思います。だからせめてそれを正当化しているという暗黙の了解にメスを入れることは必要だと思うのです。

今回事件の対象となった高校にとってはかわいそうなことですが、この問題をマスコミに出すことで、体罰に光が当てられたことは良いことだと思いました。